オバサンの独り言

 ツークシュピッツェのマイバウム(Maibaum:五月柱)がヘリコプターで盗まれたというニュースをラジオで聞いた。「えっ、ウソ!」と思ったけれど、エープリルフールはもう終わっているし、アナウンサーはまじめに読み上げていた。マイバウムは長さ20メートル、重さ約800キログラムだというから、驚く。どこの物好きが、何のために、わざわざヘリコプターでドイツ最高峰の山からマイバウムを盗むの? 

 数日後、「身代金」で合意した泥棒たち(4人の老人たち!)はマイバウムを無事にツークシュピッツェに戻し、5月1日のマイフェスト(Maifest:春祭り)に間に合ったというニュースを聞いた。マイフェストでは、泥棒たちが身代金として要求していた150人分の軽食と50リットルのビールが振舞われたそうだ。

 家の者にこの怪奇な話をすると、何のことはない、バイエルンには「マイバウム泥棒」という慣習があるのだという。5月1日にマイバウムを立てるまで、若い衆が盗まれないように24時間見張らなければならない。うっかりして隣村の若い衆に盗まれたら、「身代金」を払って、マイバウムを取り戻すのだそうだ。身代金のビールと食事代は盗まれた村が負担し、隣村の人たちと一緒に食べて飲んで春祭りを祝うという。身代金を払わない場合には、「不名誉な木」として、盗んだ村のマイバウムの隣に立てられるから、盗まれた村にとっては「村の恥」になるというわけだ。

 マイバウムの伝統は16世紀に遡る。18世紀以来、バイエルンの市町村ではマイバウムがその地域の自立、連帯感の象徴となった。オーバーバイエルンのマイバウムは白/青に塗られる。市町村は競って、立派なマイバウムを立てるのだそうだ。

 ツークシュピッツェ鉄道の職員たちが標高2962メートルの辺りに埋めて隠しておいたマイバウムを泥棒たちは見つけ出したらしい。昔は力持ちの若い衆がマイバウムをかついで盗んだのだろうが、21世紀の今は元気な老人たちが1000ユーロでヘリコプターを借りて、ドイツで一番高い山のマイバウムを盗むというのだから、時代も変わったものだ。何でも警察や弁護士、裁判所を通して決着を付けようとする時代に、昔ながらの遊び心が受け継がれていることがうれしいではないか。

 このマイバウム誘拐騒ぎには、ツークシュピッツェのマイバウムと振舞われたカルテンベルク醸造所のビールが一躍有名になったという「落ち」がついた。皆さんもツークシュピッツェに行ったら、ドイツで一番高いマイバウムを見ながら、おいしいビールをお楽しみください。

20045月10日)

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