オバサンの独り言 国民投票で欧州憲法条約の批准を否決したフランスのシラク大統領の苦渋に満ちた顔とドイツ初の女性首相候補に指名されたメルケルCDU党首の晴れやかな顔が5月31日の新聞に大写しになっていた。この対照的な二人の顔は今の欧州の流れを象徴しているように思う。 フランスとオランダの国民が欧州憲法条約の批准を大差で否決するという 「反乱」は欧州連合に計り知れない衝撃を与えた。欧州指導者の動揺は隠せない。否決は欧州憲法自体への反対というよりも自国政権の内政と巨大化する欧州連合への国民の不満と 不安の表現であり、「急テンポで加速する欧州統合に不安を抱く国民が急ブレーキをかけた」と分析する論調が一般的である。 国民は冷静に判断できないので、国民投票ではなく、議会で批准すべきだという意見もあるが、それは政治家の傲慢ではないか。国民が 国民投票で政治家に送った熱いメッセージの意味は重い。フランスとオランダが否決しなければ、欧州指導者たちは欧州市民の声に耳を傾けることもなく、ただひたすらに欧州統合を加速していたであろう。 その痛みを伴う代償には目を瞑って。 両国の否決を契機に、欧州のアイデンティティーとその将来を再考するチャンスが与えられたことは欧州連合にとって不幸中の幸いなのではないかと思う。 欧州憲法の成立が多少遅れても、ここで立ち止まって熟慮することの方が欧州連合の将来にとってはるかに有益なのではないだろうか。どこまでが欧州なのか、欧州人の価値観とは何か、欧州人が望んでいる欧州統合とは何か、国家主権と欧州連合への主権移譲のバランスはどうあるべきか、じっくりと見直すべき時が 来たように思う。 東方拡大による低賃金労働力の流入と東欧への企業移転がもたらす失業は市民の最大の不安である。厳しい財政 難にもかかわらず、欧州連合に多額の拠出金を払っている加盟国の市民が急テンポの東方拡大に疑問を持つのは当然であろう。宗教や文化の異なるトルコのEU加盟問題は、欧州指導者や エリート官僚が考えているよりもはるかに根の深い問題である。 東方拡大を推進してきたシラク仏大統領とシュレーダー独首相に対する国民の不満は大きい。シラク大統領は今回の否決でそれを思い知らされた。シュレーダー首相も総選挙での再選が危ぶまれている。両者による独仏枢軸はもはや過去の産物になりつつある。 市民の声を無視した市民不在の政治の行く末がどうなるかは過去の歴史が示している。欧州指導者にはフランス国民の「Non」とオランダ国民の「Nee」が発信したメッセージを 真摯に受け止めてほしいと思う。ドイツは連邦議会と連邦参議院で欧州憲法条約の批准を承認したが、もし、ドイツでも国民投票が行われていたとしたら、どんな結果になっていただろうか。フランスの後の国民投票であれば、「Nein」になっていたのではないだろうか。 (2005年6月6日)
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