オバサンの独り言

 少子・高齢化社会を迎え、従来のシステムに行き詰まりが見えてきた日本とドイツにとって、2005年は重大な選挙年となった。日本が「郵政民営化に賛成か反対か」を国民に問う選挙だったのに対して、ドイツは国政の抜本的改革の是非の決定を国民に託した。

 日本では小泉自民党が大勝して、郵政民営化をはじめ様々な改革をしやすい政治的環境が できあがったが(もちろん、自民党が本気で改革をする勇気があればの話だが)、一週間遅れて総選挙のあったドイツではどの政党グループも過半数を得られず、連立交渉が難航している。新しい連立政権樹立の行方は定かでない。CDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)に第一党を奪還されたSPD(社会民主党)のシュレーダー首相が敗北を認めず、首相ポストを要求するという珍事態も生じており、政界は混乱状態に陥っている。

 ドイツ国民の方が改革の推進を望んでいると思っていたが、蓋を開けてみたら、なんと、改革への勇気と熱意は日本国民の方が優っていたようだ。両国の改革政策の内容や選挙制度が違うので、一概に比較することはできないが、実に対照的な選挙結果だった。後年振り返った時に、2005年が両国の運命を分けた選挙だったということになるかもしれない。

 それにしても、政権交代を求める国民の改革への意気込みと勇気が約2ヶ月間の選挙戦中に急激に萎んでしまったのは残念というしかない。国民はSPD/緑の党連立政権の継続には反対したものの、CDU/CSUとFDP(自由民主党)による完全なる政権交代にも賛成しなかった。大胆な改革への勇気がなかったということだろう。

 ドイツの将来のためには痛みを伴う抜本的改革が必要であることをバカ正直に訴えた政党が罰せられ、痛みを伴う改革を批判して国民の不安を煽り、社会的公正を訴えた政党が共感を得た。「社会的国家」の維持を望むが、そのために不可欠な痛みの伴う改革には反対だという国民の矛盾が鮮明に現れたのが今回の選挙結果である。

 約500万人の失業者、EU最低の経済成長率、「安定協定」を守れないほどに膨れ上がった財政赤字、破産寸前の社会保険制度などの深刻なテーマがそっちのけになり、首相候補者のテレビ受けの方が国民の関心事になってしまったのには、正直言ってがっかりした。シュレーダー氏はSPDの政策ではなく首相候補としての個人を前面に出し、メルケル氏はCDU/CSUの政策を前面に出して戦った。政策よりも首相候補者を基準に一票を投じた有権者が多かったようだ。もちろん、CDU/CSUとFDPの連立政権樹立を望むCDU/CSU支持者が政治的停滞をもたらすSPDとの大連合を嫌ったために、第二投票がFDPに流れ、CDU/CSUが伸び悩んだというCDU/CSU支持者の誤算(?)も見逃すことはできない。

 今回の選挙で再認識させられたことが2つある。一つは、15年を経た今も東西ドイツの統一が終わっていないという現実である。旧東独の社会主義統一党(SED)の後継党であるPDS(民主社会党)とSPDから離党した労組系左派議員が組んだ左派新党の得票率が旧東独で25,4%(SPD:30,5%、CDU:25,3%)、旧西独で4,9% (SPD:35,1%、CDU:37,5%)であった。依然として、東西間には目に見えない国境がある。

 2つ目はドイツの男女同権の未熟さである。ドイツ最初の女性首相の誕生が注目されていたが、特に女性有権者の多くはメルケル氏のCDU/CSUよりもシュレーダー氏のSPDに投票したという。やはり、女の敵は女か? シュレーダー氏の権力欲は「勝者タイプ」としてポジティブに受け入れられているが、メルケル氏の場合は「冷血な女」になってしまう。論理的に政策を説明すれば、「冷たい自然科学者」と評価される。これまでに、メルケル氏ほどにヘアスタイルや服装などの外見を話題にされた男性首相候補者がいただろうか。こんな例を挙げたら切がない。ドイツの男女同権は法律上は存在するが、実践ではまだまだ偏見が根強く、女性に対するハードルが高いのが現実である。

 シュレーダー首相はSPDが第一党でなくなった事実を無視して首相ポストを要求している。メルケル氏が首相になることを阻止することで自分の退陣を飾ろうと必死になっている姿は 見苦しい。ビジョンのない、日和見主義的な権力政治家の本性か。権力にしがみついて引き際を誤ると、大きな汚点を残す。政治家はエゴと権力欲で国益を見失ってはなるまい。

 ドイツ国民は少子・高齢化社会に備えた抜本的改革をする勇気がなかった。中途半端な道を選んだドイツでは、今後4年間が政局混迷かつ停滞の4年間になることが懸念される。

2005年9月26日)

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