オバサンの独り言

 

 社会民主党(SPD)のベック党首が「下層階級(Unterschicht)」の拡大を警告する発言をしたことから、失業と貧困の危機にある「新しい下層階級」、すなわち「負け組」が大きな社会問題として議論されている。

 SPD寄りのフリードリヒ・エベルト財団の調査結果によると、ドイツでは人口の8%(約650万人)が下層階級に属する。旧東独では20%、旧西独では4%。下層階級の3分の2は失業者である。下層階級 の特徴は「深刻な絶望と諦め」で、自力で現状を改善できるという確信に欠けているという。

 国際的に用いられている「貧困」の定義では、実質所得が平均実質所得の60%以下である場合を貧困という。ドイツでは2003年に人口の13,5%が貧困とみなされた(実質所得が月額938ユーロ以下)。連邦政府の貧困報告書によると、少なくとも3年連続で実質所得が平均実質所得の60%以下であった慢性的貧困者は人口の4%であるという。

 「新しい下層階級」の問題を提起したのがSPD党首であることが興味深い。労働組合を支持層とするSPDは厳しい階級闘争の末、社会的国家(Sozialstaat)の構築に多大に貢献してきた。しかし、戦後の経済復興で豊かになったドイツはグローバル化した世界経済の変遷への対応で躓きを見せており、社会政策の限界が露呈し始めている。

 社会福祉制度が整備された反面、豊かな社会福祉ゆえの歪みもあちこちに出てきた。社会扶助や失業手当の方が働いて得る収入よりも多いのであれば、失業者に働く意欲を促すことは難しい。失業手当や社会扶助を引き上げる方が失業者のためになるのか、それともそれらを最低限に抑えて、働いて得られる追加収入を増やすように誘導した方が労働市場への復帰を促せるのか、失業者対策を見直す時期にきたようである。専門家も指摘しているように、下層階級の最大の問題は物質的貧困よりも、経済的自立と現状脱却への意欲の低下であることを忘れてはならない。

 今年のノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏はバングラデシュでグラミン銀行を創設し、貧困にあえぐ女性たちの自立に貢献した。「貧しい人たちが本当に必要としているのは、慈善や施しではなく、経済的な自立だ」といい続けてきたという。

 発展途上国に莫大な開発援助資金を与えても、それが金持ちをさらに裕福にするために使われるのであれば、 開発援助にはならない。僅かなお金でも貧しい人々の自立を援助することの方が貧困からの脱却に効果があることをユヌス氏は実証している。

 ドイツ統一後、裕福な旧西独から貧しい旧東独へ莫大な資金が注ぎ込まれた。補助金で生活することに慣れてしまった旧東独 に対して、裕福な兄弟のいない東欧諸国は自力で経済復興に努めてきた。どちらの経済の方が前途有望で、活力に満ちているかは明白である。効果的な援助とは何なのか、ドイツの政治家は再考する必要があるのではないか。

 連邦憲法裁判所がベルリン都市州に対して、連邦補充交付金に頼らずに自力で財政再建することを促したように、下層階級にも自力による貧困脱却を支援する政策が求められている。その際、下層階級の子供たちに将来への希望と自信を持たせる ことのできる教育環境を整備することが最優先されなければならないと思う。将来を担う子供たちに一番必要なのは教育における社会的正義ではないだろうか。

 「新しい下層階級」の問題は、新しい税金の導入や増税により 、裕福な人から貧しい人にお金を再分配すれば解決できるという問題ではない。再分配だけに頼る社会政策は公的援助依存症の人間を創出する。社会的国家はそろそろ「補助金メンタリティー」から脱却しなければならない のではないか。

2006年10月30日)

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