オバサンの独り言

 

 朝 9時過ぎの電車に乗ると、夏は山歩き、冬はスキーに行く年金生活者を見かけることが多い。みんな颯爽として、若々しい。大学の講義室には勉学にいそしむ高齢者が増えている。午後の映画館の観客は大半が年金生活者である。

 「どうしてドイツ人は喜んで定年退職するのですか?」と、日本人からよく聞かれたものだ。確かに、ドイツ人は定年退職の日を楽しみに待ち、年金生活を謳歌するというのが一般的なイメージだった。定年退職を悲しく迎え、すぐに第二の就職をする日本人に比べると、ドイツの年金生活者はうらやましい限りであった。

 ところが、状況が変わってきた。ドイツでも少子・高齢化が加速的に進み、人口減少時代を迎えたのである。その帰結として、ドイツが誇る年金保険制度も見直しを迫られるようになった。現在、ドイツの出生率は1,36で、下降傾向に歯止めがかからない。「あなたの年金は安全です!」と太鼓判を押していた政治家もこの現実を無視できなくなってきたため、「将来は年金が少なくなるので、個人的にも老後の備えをしてください!」と呼びかけ始めた。

 子供のいない人の年金の半減を提唱する専門家まで現れてきた。次世代が払う保険料で賄われる年金制度に子供のいない人を加入させること自体が本来間違っていたのだという。「子供のいる人の年金を引き上げ、子供のいない人の年金を引き下げるべきだ」という声が大きくなっている。ある専門家は、「今の30〜50歳の世代の年金が削減されるのは、自分たちが子供をつくらなかったからで、自業自得だ」と切り捨てていた。

 こんな発言を聞くと、次々に悲観的な統計や調査結果が発表されるので、パニック状態に陥っているのかなとも思う。しかし、これが、「臭い物には蓋」と無視し続けてきた厳しい現実なのである。平均寿命が今よりもずっと低く、定年退職後せいぜい 2、3年しか年金を支給する必要がなかった時代は年金制度も機能していたが、平均寿命が高く、出生率が低い時代には従来の年金制度が破綻するのは当然の成り行きといえよう。

 今の賦課方式の年金制度を維持しようとするのであれば、子供のいない人の保険料を引き上げるか、子供のいない人の年金額を引き下げるなどの議論は避けられなくなるだろう。これから段階的に賦課方式から積み立て方式に切り替えていくとしても、その移行期には大きな痛みが伴う。

 ドイツでも子供を育て上げるまでの親の経済的負担は大きい。経済的に見れば、子供のいる家庭が「負け組」になっているのが現実である。とすれば、連邦憲法裁判所がすでに示唆しているように、子供のいる人に対する優遇措置は避けられないテーマなのではないか。

 年金支給開始年齢が67歳に引き上げられ、年金も削減される今の30〜50歳の世代は「サンドイッチ世代」と呼ばれる。高い年金保険料を払って年金生活者を支え ると同時に、自分が年金生活者になると年金だけでは生活できなくなるので、自分の老後のために個人貯蓄もしなければならないという可哀想な世代である。

 年金だけで老後を楽しめる「黄金時代」は今の年金生活者の世代で終わる。サンドイッチ世代は覚悟して、自分の老後のための貯蓄に勤しまなければならない。そして、次世代が子供のいる家庭を築くことを期待するしかない。

 ある調査結果によると、実際の出生率は1,36であるが、若い女性が望む子供の数は平均で約2,2人だという。私が話した女子大生たちの中 でも子供を2人か3人欲しいという人が多かった。キャリアウーマンを目指して勉学に励む彼女たちが子供のいる家庭を望んでいることに、私は希望を感じる。職業上の成功と子供のいる家庭の両立が可能になる社会ができれば、若い世代は子供のいる家庭を築くことを躊躇しないだろう。

 ある新聞の社説に、「子供を諦めることではなく、子供を育てることの方が高い自己実現なのだ」と書いてあった。私は女性だけでなく、男性にも意識改革を望みたい。仕事のために子供を諦める女性が多いことが問題視されているが、子供を欲しくない男性も増えている。男性が意識改革をしない限り、仕事と育児を両立できる家庭、企業、社会をつくることはできないのである。少子化問題は女性の問題ではなく、女性と男性の問題であることを忘れてはならない。

2006年3月20日)

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