オバサンの独り言
サッカーのワールドカップは7月9日(日)、イタリアの4度目の優勝で幕を閉じた。心配されていたテロやフーリガンの暴力事件もなく、お天気にも恵まれて、大盛況の内に終了した。 この1ヶ月間、予想以上に大活躍したドイツチームのお陰で、ドイツ人は「もしかして優勝・・・」の夢を見続けることができ、W杯は熱気溢れる祭典になった。準決勝でイタリアに負け、夢が破れてからも、サッカーファンの熱意は変わらなかった。3位決定戦でポルトガルに勝利した日も翌日のベルリンでの凱旋パーティーの時も大勢のファンが国旗を振りながら若いチームの活躍を称えた。まるで優勝したかのような熱狂ぶりだった。 今回のW杯では、ドイツ国旗の3色の帽子や小物だけでなく、国旗も飛ぶように売れた。家々には国旗が飾られ、車は国旗をつけて走っていた。ファンたちは顔に国旗の3色を塗り、ドイツチームのユニホームを着て、国旗を持って応援した。国歌斉唱のときには、若者までが国歌を歌っていた。国中がドイツ国旗の3色、黒/赤/金で塗りつくされていた。 今回のW杯で特徴的だったのは、若者と女性のサッカーファンが多かったことだ。彼らはW杯を選手と共に体験し、楽しんでいた。それはロックコンサートのような感覚である。選手とファンが一つになり、その体験をみんなで共有しようという、「 Wir (私達)」のフィーリングをドイツ人は再発見したのである。 ドイツチームの優勝の夢が消えたとき、若い男の子たちが女の子たちと一緒になって、子供のように涙を流して泣いている姿がテレビに映っていた。この新世代には彼らの親たちを縛ってきた伝統や偏見のしがらみがない。この若者たちが極右翼グループに悪用されていた国旗と愛国心を取り戻せれば、ドイツは世界中から友人として迎え入れられるだろう。 この異常事態(?)に「新しい愛国心」論争が展開された。ドイツ人は過去の歴史やイデオロギーに囚われることなく、素直に、自然に、ドイツ人であることを表現できるようになった。外国もこの現象を脅威としてではなく、「正常化」として受け入れている。戦後61年を経てようやく、ドイツ人は歴史の束縛から解放されたのではないか。 ドイツ人が国旗を振り、国歌を歌い、ドイツ人であることに誇りを持つことが「普通」になったことは、最大のW杯効果といえよう。ドイツの若者が自らのアイデンティティーを見出したことをうれしく思う。 もちろん、W杯が終わり、日常生活に戻った今、熱狂的な「新しい愛国心」は一時的現象に終わるかもしれない。しかし、「抑制」のダムが崩れ、「正常化」を体験したドイツ人に愛国心が芽生えたことは確実である。上からの強制ではなく、自然に生まれてきた自信と誇りであるから。 ドイツサッカー界の伝統のしがらみやメディアの批判にもめげず、自分の哲学に頑固なまでに忠実に、独自の方法で若いチームを育て上げたクリン スマン監督の「改革への勇気」が実を結び、花を咲かせ始めた。彼の勇気と真心が新世代を感動させた。この改革精神が政治家にもインスピレーションを与えることになれば、W杯の相乗効果は極めて大きいといえよう。 ドイツが準決勝でイタリアに負けた時、「もう絶対にスパゲッティーなんか食べないぞ!」と誓ったドイツ人が多かったという。しかし、イタリア料理を絶つという誓いを貫くことはW杯優勝ぐらい難しいのではないだろうか。 (2006年7月11日)
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