オバサンの独り言
「ドイツでは、どの街角にも同じ看板がありますが、あれは何のチェーン店ですか?」と、ある日本人から尋ねられたことがある。彼女が指差したのは赤く「A」と描かれた薬局の看板だった。ドイツの薬局は「中世的な」薬剤師法に守られた閉鎖的市場である。その象徴があの赤い「A」の看板だ。ある意味では、国営薬局のチェーン店といえるかもしれない。 ところが、ザールランド州のヘッケン法務・保健・社会相がオランダ企業に薬局営業許可を付与したことから、安泰だった薬局市場が大騒ぎになっている。行政裁判所、場合によっては欧州裁判所が、 「ドイツ薬剤師法はEU法に違反する 」とする判決を下せば、薬剤師法だけでなく、手工業法にも多大の影響が出てくることが予想される。 伝統の技術と品質の維持を建前として、ドイツの薬剤師や手工業者たちは中世的な制度を守り続けてきた。その強力なロビー活動ゆえに、政治家も時代に合わせて法律を改正することがなかなかできなかった。しかし、欧州統合が進み、EUの権限が一層強化されている今日、EU加盟国はEU法の適用を余儀なくされている。統合されたEU市場でドイツだけが市場の門戸を閉ざしていることはできなくなったのである。 ヘッケン氏は連邦政府の保健改革作業部会にも参加していたが、そこでは薬局市場の自由化に固執しなかった。最初から潰されることが分かっていたからだという。彼は自分の権限で許可を付与できる州レベ ルで勇気ある決断を下した。効果覿面だったようだ。 薬剤師の団体は、市場が自由化されれば、サービスの質が低下し、全国的な供給も 確保できなくなると警告しているが、本当だろうか。 1980年代に眼鏡商の市場が自由化されてから、ディスカウントショップも登場し、眼鏡が安くなった。サービスの質が悪くなるどころか、市場競争のお陰でかえって改善した。消費者はケースバイケースでディスカウントショップと専門眼鏡店をうまく使い分けているのではないだろうか。 ドイツテレコムとドイツポストが民営化されたときも、市場競争の導入で料金が大幅に安くなり、サービスも多様化して、向上した。国営電話会社の独占市場に戻って欲しいと願う消費者はもはやいないだろう。 薬局市場も同じではないか。今以上にサービスが悪くなるとは思えない。競争市場では、愛想のないブスっとした薬剤師が高い薬を売っている薬局には 客は行かなくなるだろう。他の業界では極当たり前のことである。 今回は行政裁判所がドイツ薬剤師法をEU法に優先 させる判決を下したとしても、いずれは薬局市場は自由化されるだろう。いつまでも世襲的な制度にしがみついて、既得権の防衛に力を注ぐのではなく、 アイディアを駆使した21世紀のビジネスプラン を考える時が来たのではないだろうか。 改革には常に既得権所有者の抵抗がある。薬局市場の自由化は疾病保険改革の第一歩である。 (2006年8月15日)
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