オバサンの独り言

 

 200711月のテーマは「賃金」だった。政治家、経営者、労働組合が毎日のように賃金論争を展開していた。

 一つ目の「賃金」は、ドイツ鉄道の機関士の賃金である。ドイツ機関士労働組合は最高 31%の賃上げと独自の労働協約を要求して、交通ストに入った。11月末にドイツ鉄道経営陣がようやく歩み寄りを見せ、目下交渉中である。取りあえず、年末のストは回避された。

 二つ目の「賃金」は、ドイツポストと労働組合が合意した最低賃金(時給 9,80ユーロ)である。連立与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)はこの最低賃金を郵便配達業種全般に導入することで合意した。

 ところが、20081月1日から完全自由化されるドイツ郵便市場に参入しようとしていた競合会社がこんなに高い最低賃金では旧独占国営企業ドイツポストに対抗できないと、撤退や大幅な人員削減もしくは閉鎖を発表したものだから、政治家は慌てた。

 元々、この最低賃金はドイツポストには痛くも痒くもない。ドイツポストの賃金はこれを上回っているから、痛手を負うのは競合会社だけである。最大株主である国が選挙を前にして体裁のいい最低賃金導入でドイツポストを保護しようとしたのだ。競合会社の脅迫的な反応に驚くなんて、能天気と言うほかない。

 来年はCDU/CSUが政権を握る4つの州で州議会選挙、再来年は総選挙を控えているため、郵便配達業種への最低賃金導入に渋々同意したCDU/CSU陣営では最低賃金導入に対する批判が再燃している。

 全業種への最低賃金導入を目指すSPDと労働組合への風当たりも強くなった。ベック SPD党首からは、「競合会社が解雇する従業員をドイツポストが引き受ければいい」と、自由化による競争促進どころか、ドイツポストの独占を強化するような発言まで出ている。選挙が近づくと、政治家はすぐに票取り発言をするから困ったものである。

 三つ目の「賃金」は連邦議会議員の給与だ。連邦議会は連邦議員給与の9,4%引き上げを決定した。エネルギー価格の急騰や物価上昇で失業手当 II 受給者や低所得者の生活は苦しくなるばかりだというのに、政治家が自らの給与の9,4%引き上げを決めるとは何事か!と喧々囂々の論争が巻き起こったが、もちろん、議員さんたちは9,4%賃上げを決定した。一般庶民には、賃上げを自ら決めることができる議員さんが羨ましい限りである。

 そんな中、メルケル連邦首相はCDU党大会で、経営に失敗した社長に支払われる高額な退職金を批判した。「米国の自動車メーカー社長の報酬は単純労働者の1000倍だが、日本の成功している自動車メーカーの社長の報酬は20倍に過ぎない。これはドイツ連邦首相の報酬の約2倍だ。但し、スイスでロシアのガス会社のためにビジネスをしなければだが・・・」と述べて、シュレーダー前首相への嫌味も忘れなかった。

 経営に失敗して会社に大きな損害をもたらし、退職を余儀なくされた社長が莫大な退職金をもらい、(退職後に上昇した)ストックオプションの自社株を売却して大儲けしている実例が多くなっていることから、政治レベルでも何らかの対策を講じようとする動きが出てきた。企業には役員報酬制度の改革が求められている。

 一般的に米国に批判的なドイツ人にも米国企業の役員報酬額だけは魅力的なようで、「国際化」の名の下に、米国の役員報酬制度を採り入れた大企業が多い。実質的な業績に相応な報酬ではなく、短期的な株式動向に左右される報酬は役員のモラル低下に繋がっているのではないか。

 競合会社の痛手となる最低賃金導入が決まり、ドイツポスト株が一気に上昇すると、ツムヴィンケル社長は個人所有の自社株を売却して約473万ユーロの収入を得た。このタイミングの見事さ! 何という無神経、無思慮・・・。役員報酬のインフレは役員モラルのデフレをもたらした。

 こうして、「賃金」が飛び交った11月が終わり、師走を迎えた。12月早々に3人の幸運者が4500万ユーロというドイツ史上最高額の宝くじを見事に当てた。3人で分けても一人当たり約1510万ユーロだ。

 12月は、毎年クリスマス募金運動をしている南ドイツ新聞に、様々な理由から貧困生活を余儀なくされている人たちの記事が連載されている。ポルシェ社長の報酬額、経営に失敗した大企業元社長の退職金額や株売却収入額、ドイツポスト社長の株売却収入額、史上最高の宝くじ・・・など、際限なく膨れ上がっていく金額に慣れてしまった私達は現実の世界に引き戻される。

 人生の不条理を想う2007年師走である。

2007年12月10日)

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