オバサンの独り言
ドイツ政府は2009年度景気対策の一環として、新車登録から 9年以上経過した車を環境対応車に買い替える場合には2009年に限り2500ユーロを補助するという、自動車産業支援と環境保護を目的とするエコカー購入促進策を導入したが、これが世界的なブームになっている。日本も導入を決めており、米国は検討中という。フランスやイタリア、オーストリアはすでに導入している。 ドイツの場合、新車登録と廃車の証明書を提示すること、排ガス基準 Euro 4 を満たしていること、廃車にする車を 1年以上所有していたことなどの前提条件を満たした人には環境奨励金(Abwrackprämie)2500ユーロが支給される。 但し、国の予算は50億ユーロ(当初は15億ユーロ)に限定されており、使い果たした時点で補助金支給は終わる。遅くとも2009年12月31日に終了。 環境奨励金が「ヒット商品」になるとは誰も予想していなかったらしい。ところが、販売店の小型車は売り切れ、納入期間は長くなるばかり。購入契約をしたのに、新車登録と廃車の証明書がなければ奨励金を申請できない。15億ユーロという限られた予算は日に日に少なくなっていく。せっかく新車を買ったのに、2500ユーロを貰えなかったら・・・という市民の不安は募るばかり。「何でもいいからすぐに新車(小型車)が欲しい」という人もいたとか。 今年9月27日に総選挙を控え、国民の怒りを買いたくない与党は、3月30日からは廃車と新車登録の証明書がなくても売買契約書だけで環境奨励金を予約できるようにする規定改正をした。また、申請手続きをインターネット申請に切り替えた。 3月30日8時に管轄機関である連邦経済・輸出管理局(Bafa)のサイト上で予約受付が始まると、パニック状態に陥った新車購入者(販売店)からのアクセスが殺到。新システム開始と同時にサイトはダウン。全くアクセスできなくなってしまった。2500ユーロの偉力たるや驚くばかりである。 申請件数は一気に120万件に鰻登り。15億ユーロはあっという間になくなってしまった。「申請したのに補助金をもらえないのは不公平だ」という国民の怒りの声にまたまた総選挙がちらつき、与党は再び規定改正。「これが最後」と念を押して予算を50億ユーロに引き上げた。残るはあと約80万台分。与党は総選挙の日まで金庫が空にならないことを祈っていることだろう。 それにしても大衆心理は興味深い。中古車市場で2500ユーロ以上の価値のある車であっても「国から2500ユーロを貰える」と得をした錯覚に陥り、廃車にしてしまう。 ある研究者が面白い実験をした。5ユーロの靴下を1足ずつ普通販売した場合と同じ靴下を 3組セットにして17ユーロで「安売り」販売した場合、単価が高いにも関わらずほとんどの人が 3組セットを買うという。大衆は「安売り」とか「値下げ」、「割引」の言葉に惑わされやすく、理性的に思考しないというのだ。 安売り会場で大勢の人が競って買っているのを見ると、買うつもりがなかったのに釣られて買ってしまうことがある。限定品となれば、なおさらである。今回の「限定奨励金」はこんな大衆心理を駆り立てたのではないだろうか。 環境奨励金がもたらす経済と環境保護への効果を疑問視する専門家が多い。自動車産業、特に安い小型車メーカーだけが恩恵を受ける政策は公平とはいえず、国の一面的な介入は競争を歪めている。来年の小型車販売台数が急減することは想像するに難くない。 環境奨励金は国の借金で賄われている。最終的には納税者と次の世代がこの重い負担を背負うことになるのである。緻密な熟慮なしに大急ぎで作成した政策の誤算が国の債務を増やしている。 総選挙の年は政治家が票取りのために近視眼的なバラマキをする年である。企業の長期的発展ではなく、短期的利益による莫大な報酬を目指すマネージャーたちとどこか似ているではないか。
有権者はバラマキ政策に惑わされることなく、冷静に判断する理性でドイツの将来を決定してほしいと切に願う。 (2009年4月21日)
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