オバサンの独り言

 

   2020年夏季五輪の開催都市が東京に決まった。

    正直言って、あまり関心がなかった。ドイツではもっぱら「マドリード有利」と見られていたし、福島第1原発の汚染水問題が連日のように報道されていたので、東京は無理だろうと思っていた。

    それだけに、大差をつけた決選投票結果には驚いた。ロゲIOC会長が「TOKYO」と言った瞬間、長期にわたる経済低迷、東日本大震災、福島原発事故、自然災害・・・と悪いこと続きだった日本に明るい希望の光が射したように日本のみんなが感じたことだろう。心からおめでとうと言いたい。

    ところが、決定直後のドイツメディアの論評には「おめでとう」の言葉はなかった。ほとんどすべての論評が福島原発の汚染水問題と放射能の危険性を指摘し、「福島から約250kmしか離れていない危険な都市を開催地に選んだIOC委員の決定を理解できない」という露骨な批判ばかりだった。

    「放射線」はドイツ語で「Strahlung」という。その動詞である「strahlen」には「放射線を出す」という意味と「(喜びで)顔を輝かす、輝く」という意味がある。

    多くの記事の見出しはこの「strahlen」をもじっていた。例えば、「strahlende Spiele(放射線を出す大会/光り輝く大会)」、「strahlende Sieger(放射線を出す勝者/喜びに顔を輝かせる勝者)」など。

    東日本大震災直後のドイツメディアの論評を思い出させる。ドイツ人の十八番「German Angst」なのか、傲慢さなのか・・・。

    客観的な論評で定評のある保守的な全国紙でさえ、「福島原発事故の危険性はちょっとでもインターネットや新聞を読めば誰にだって分かるのに、多くのIOC委員はこの情報を知らなかったようだ」、「IOC委員は7年後にこの危険な東京に選手たちを送りこむことを決定した」、「IOC委員の中には「放射性物質の半減期」について聞いたことがない人がいるようだ」と書いていた。

    但し、今回の救いは読者の反応だ。ジャーナリストの感情的な「緑のイデオロギー」を批判する、「東京、おめでとう」の声が大半だった。

    IOC委員はドイツ人記者が見下すほど馬鹿じゃない。彼らは東京だって視察しているはずだ。日本の代表者である安倍首相が世界に向かって正式に、「私は約束する。状況はコントロールされている。20年の五輪が安全に実施されることを保証する」と公言することに意義があったのだ。

    一国の代表者の約束を引き出した後のIOCの決定では、責任はIOCではなく日本にある。世界に向かって約束した言葉の意味はそれだけ重いのだ。安倍首相は責任を自覚してほしい。

    IOCは日本にチャンスをくれた。東京に投票したIOC委員の全員が金と権力に目がくらんで福島原発のリスクに目をつぶったわけではない。単なる同情でもない。様々な事情を考慮した上で発信した、安全・安心な五輪の実現と大震災からの復興を期待する力強いメッセージなのだ。

    世界の目は東京だけでなく、被災地、福島原発にも向けられている。言行一致でしか日本は信頼を取り戻せない。

    2020年の東京五輪は日本経済の回復、大震災からの復興、福島原発問題の収拾に大いに貢献すると期待している。

    特に福島原発問題の解決を主要課題として、約束通りの安全な東京オリンピックを成功させ、ドイツメディアを見返してやろうじゃないか。再生した日本を世界に見せようではないか。

    安倍首相、IOCと日本国民の期待を裏切らないでください。今度ばかりは一個人の退陣で済む話ではないことを肝に銘じてください。

 2013年9月12日)

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